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D200 茨城三大銘茶セット¥1000

茨城三大銘茶セット
奥久慈茶25g
猿島茶25g
古内茶25g

「奥久慈茶」おくくじ茶
【日本最北限の茶として知られる茶】
奥久慈茶のはじまりは諸説あるのですが、最も古いもので室町時代末期頃と言われています。 
左貫(町北部にあった昔の村の名前)の西福寺の宏明、慶松、常庵という三人の僧侶が京都宇治より茶の種子を持ち帰り植栽したとされます。
 江戸時代後期になり、京都宇治から茶職人を招き宇治流の製茶法が導入されたことで周辺の村々で茶の栽培が広く普及することになりました。
 大子町北部の地域で栽培されるお茶は、大子町の古い呼称である「保内」を冠し、「保内郷茶」と呼ばれていましたが、市町村合併を機に昭和36年から、町北部の各集落で栽培・製造されるお茶のブランド名を統一して「奥久慈茶」と称することになりました。
「八溝山」は、奥久慈茶のなかでも最北限、最標高のお茶です。

「猿島茶」さしま茶
【海を渡った初の日本茶】
茨城県南西部で栽培・生産されている「さしま茶」の歴史は、記録によると1635年(寛永2年)頃とされております。
当時、猿島地方を統治していた関宿藩が茶の栽培を奨励したことから、生産量が年々増えていったようです。
1859(安政6)年、日米修好通商条約発効と同時に、利根川の水運を利用して全国の茶名産地に先駆けて「猿島茶」のアメリカ輸出に成功しました。
猿島茶は海を渡った初の日本茶として名声を博し、明治期に至る日本国内茶産業隆盛の礎を築きました。


「古内茶」ふるうち茶
【茨城県で最初に茶が栽培された地】
古内茶の起源は室町時代初期。
復庵禅師(ふくあんぜんじ)1280〜1358が中国(元)浙江省天目山から持ち帰ったお茶の種子を太古山清音禅寺境内にまいたのが始まりといわれています。
帰国時に天目山の禅寺で広く用いられていた茶碗を持ち帰った。その建盞(福建省建陽県水吉鎮)の茶碗を我が国では天目茶碗と呼び、禅院での儀式茶礼に使用されるようになった。
つまり抹茶を喫する器は、この頃の天目茶碗に始まると言ってよいでしょう。
そして当時の中国(元)の最先端の禅と文化を北関東にもたらした。
 江戸時代元禄の初め1694年「水戸黄門」で知られる徳川光圀が太古山清音禅寺の禅境を愛し境内で振る舞われた茶(竜茶)の味を気に入り境内の茶の母木を「初音」と命名したという。

お茶の専門店 中国茗茶園 めいちゃえん

在庫: 8 価格: 1,000円 個数:


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